見えない言葉の壁

サンスクリット語・英語・マラヤラム語

何千年も前からインドで伝えられてきたアーユルヴェーダヨガ

その古典は、サンスクリット語という現存する最古の言葉で書かれています。
現存…そう!現在も使っている場所があるそうなのです。すごいです。

破壊や風化の歴史や要素がふんだんにあったにも関わらず、生活の中で続けられてきたアーユルヴェーダの習慣など、現代まで伝えられてきた伝統がいくつも存在するインド。

アーユルヴェーダの古典の一説

アーユルヴェーダの古典の一説

習うとなると、インド英語が多いです。
そして、ちょくちょくサンスクリット語が飛び出します。

ここケララカヌールでは、患者さんや一部を除くセラピストやスタッフたちは、現地のマラヤラム語で話しています。

現地の言葉やサンスクリット語を英語に翻訳されたテキストや本は、英語の綴りが曖昧なので、知らない言葉に出会ったときに辞書をめくってみても、検索してもヒットしないということが多くて、とても苦労しました。

先生はなんでも知っているわけではない

とても詳しい先生でも、英語では何という言葉かわからない。そんなことも多々ありました。
インドでは活用する場合、外国でどのように呼ばれているかを知る必要はありません。仕方がないことです。

でも習う身としては、日本で活用するためにもきちんと知っておきたい。
そんな時、わたしが実行したのは、現地の文字を覚えること。先生には、現地の文字で書いてもらい、それを自分でローマ字に綴り直すのです。そうすれば、現地で購入することもできるし、ネットで英語の情報を探しやすくもなります。

この方法のヒントは、ある英語ペラペラのスペイン人が、日本語オンリーの義母と会話をするためには、「自分が日本語を覚える以外に方法はない」と、日本語を一生懸命勉強していたところから得ました。
無いなら自分がやればいい。

古典に書かれていること、たとえば季節に合わせた生活で書かれている季節というのもインドと日本では違います。

それを「日本の季節の場合はどうしたらいいですか?」と質問して、簡単に答えられたらおかしくないですか?

わからないからこそ、いろんな方法で調べたり、聞いたりして、それでもわからなかったら、自分で何度何度も試して、少しずつ実験結果を増やしていくのが、身になるリアルなお勉強だと思っています。

本当に理解する、難しさ

ある日カヌールの本屋さんで、ヨガの先生Sudheepが話していたヨガの古典Hatha Yoga Pradipika ハタヨーガプラディーピカーを見つけました。

授業に持って行き「買いました!」と伝えると「そこに書いてある文字を理解しても、文字を理解したというだけ。ほんの一部のスピリチュアルリーディングができる人のみしか、真に理解することはできない」と言われました。

この本は決して分厚くありません。
書いてあることもシンプルです。

でも本をいくら研究しても、その答えが出てくるわけではない

大切なポーズ、大切なことが書かれていても、その奥にあるその先にある本当の意味については感じるしかないのですね。
本当に理解する、腑に落ちるっていうのは、そういうことだと思っています。

スピリチュアルリーディングは、頭でなく魂で理解することだと考えていますが、それができるようになったとき、そこにはもはや言葉の壁はないでしょう。
純粋な想いは、言葉で話していなくても、なぜかすごく伝わることがありますよね。

「わかるわけない!」と自分から言葉の壁を高くしてしまったら、知っている言葉でさえ知らない言葉のように感じてしまいます。

でも「きっとわかる!」「どうしても知りたい!」という気持ちで接していれば、きっと言葉ではない大きな壁が取り払えるはず。大切なのは言葉よりも気持ち。
でも、そこに言葉がプラスされたらずっと便利です!

文字を読まない人や、古典を読まない人々の生活の中でもたくさん使われ続けてきたアーユルヴェーダ。
わたしの求める生きる知恵のこと、もっともっと知りたいと思いました。

インド号の最新情報

インド旅本 第二弾!「INDIA is #2 "positioning"」販売中ストアで見る≫
+